カミュ『異邦人』(窪田啓作 訳)

 検事が腰をおろすと、かなり長い沈黙がつづいた。私は暑さと驚きとにぼんやりしていた。裁判長が少し咳をした。ごく低い声で、何かいい足すことはないか、と私に尋ねた。私は立ち上がった。私は話したいと思っていたので、多少出まかせに、あらかじめアラビア人を殺そうと意図していたわけではない、といった。裁判長は、それは一つの主張だ、と答え、これまで、被告側の防御方法がうまくつかめないでいるから、弁護士の陳述を聞く前に、あなたの加罪行為を呼びおこした動機をはっきりしてもらえれば幸いだ、といった。私は、早口にすこし言葉をもつれさせながら、そして、自分の滑稽さを承知しつつ、それは太陽のせいだ、といった。廷内に笑い声があがった。弁護士は肩をすくめた。すぐあとに彼は発言を許されたが、もう遅すぎる、自分の陳述は数時間を要するから、午後に延ばしてもらいたい、と述べた。法廷はそれに同意した。