志賀直哉『暗夜行路』

明け方の風物の変化は非常に早かった。しばらくして、彼が振り返って見た時には山頂の彼方(むこう)からわき上がるように橙色の曙光がのぼって来た。それが見る見る濃くなり、やがてまたあせはじめると、あたりは急に明るくなって来た。萱は平地のものに比べ、短く、そのところどころに大きな山独活が立っていた。あっちにもこっちにも、花をつけた山独活が一本ずつ、遠くのほうまでところどころに立っているのが見えた。そのほか、おみなえし、われもこう、萱草(かんぞう)、松虫草なども萱に混じって咲いていた。小鳥が鳴きながら、投げた石のように弧を描いてその上を飛んで、また萱の中にもぐり込んだ。