オクサナ・ムシエンコ「タルコフスキーと「存在の哲学」のイデア」(宇佐見森吉 訳)(アネッタ・ミハイロヴナ・サンドレル 編、沼野充義 監修『タルコフスキーの世界』所収)

 タルコフスキーはしばしば、自分の主人公は弱い人間であると語った。だが彼の言う弱い人間たちは責任を逃れることも、他人に押しつけることもせず、自分が世界の一員であること、世界に責任を負っていることを自覚しながら生きている。タルコフスキーの「弱い」主人公たちは、一見したところではどんな抵抗も無意味に思われるようなときにこそ、真理擁護の戦いに入っていくのである。こうした芸術家の立場はキルケゴールの見解に酷似している。悲劇的な世界感覚に貫かれたタルコフスキーの映画においては、悲劇的という概念それ自体がキルケゴール的な響きを帯びている。