レオニード・バトキン「自分の声を恐れずに」(中村唯史 訳)(アネッタ・ミハイロヴナ・サンドレル 編、沼野充義 監修『タルコフスキーの世界』所収)

鏡の中の自分を見つめる行為は十分な密接さと集中力を伴うが、同時にある距離と違和感をも必ずや帯びているものである。鏡は向きと形を変えつつ、いつも仮借ない真実を我々に伝える。我々は鏡の中に自分自身の視線を見るが、それは同時に鏡の中の視線が我々の様子をうかがっているのでもある。それは我々であって我々でない。ただ意識だけが鏡の中の自分を認識する。一方、自我意識はそれを認識し、同時に認識しない。自我は驚きと恐れをもって、現在の自分を貫いて過去を思い出し、それと同時に未来すなわち自分と世界との矛盾した関係を予感する。