レオニード・バトキン「自分の声を恐れずに」(中村唯史 訳)(アネッタ・ミハイロヴナ・サンドレル 編、沼野充義 監修『タルコフスキーの世界』所収)

 真の意味での自分に出会うためには、人は自分自身と一度訣別しなければならない。自己の分裂は、全一性に至るための必要条件である。ただしここで言う全一性とは所与のものではなく、努めて獲得されるもの・内省的な性質のものであり、それはみづから変化し「昨日という日の古い肌」と訣別しなければならない。タルコフスキーの映画は或る個人が自己を再形成していく物語であるが、このような物語は、その個人が自己を変革することに耐え得る場合にのみ、個人が新たな全き人格(同義の概念に置き換えるならば、文化の主体)となり行く過程において成り立つ。