ヘーゲル『精神現象学』(長谷川宏 訳)

 不幸な自己意識は、抽象的人格が現実に承認されること、しかも、純粋な思考のうちで承認されることが、どういうことなのかを知っている。そのような承認が実は完全な喪失であることを知っている。不幸な自己意識そのものが自己の喪失の意識であり、自分の知の外化なのだ。見られるとおり、この不幸な意識は、自分の内部で完全な幸福に達した喜劇的意識の対極をなし、それを完成へともたらしたものである。喜劇的意識のうちに神の世界のすべてが還流し、神の存在は完全に外化されている。それとは逆に、不幸な自己意識は、絶対の存在たるべき自己確信の不幸な運命をあらわしている。それは、自己確信のなかですべての価値が失われ、さらには、自己についての知も失われたという意識――実体の喪失の意識であるとともに自己の喪失の意識――である。そこにあらわれるのは、「神は死んだ」というきびしいことばで表現されるような苦痛である。