ヘーゲル『精神現象学』(長谷川宏 訳)

精神は絶対の分裂に身を置くからこそ真理を獲得するのだ。精神は否定的なものに目をそむけ、肯定のかたまりとなることで力を発揮するのではない。なにかをさしだされたとき、それは無意味でまちがっている、といって、さっさとその前を去り、安んじて別のものにむかう、というのは精神のふるまいではない。精神が力を発揮するのは、まさしく否定的なものを直視し、そのもとにとどまるからなのだ。そこにとどまるなかから、否定的なものを存在へと逆転させる魔力がうまれるのである。
 この魔力は、さきに主体と名づけられたものと同じものである。主体とは、おのれの領域内にある内容に独立の存在をあたえ、もって、抽象的で一般的なありのままの存在を破棄し、実体を真理へと導くものなのだから。分裂や媒介を自分の外に置くような生気のない存在ではなく、みずから分裂し媒介する存在こそが主体と呼ばれるのだ。