説経節「信徳丸」

信徳この由聞こしめし、「名のるまいとは思えども、今はなにをかつつむべき。乙姫殿かや恥ずかし。乳房の母に過ぎおくれ、継母(けいぼ)の母の呪いにて、かように異例を受けたるぞや。親の慈悲なるに、わが親の邪慳やな、天王寺にお捨てあって御ざあるが、熊野の湯に入よいと聞き、湯に入らばやと思い、熊野を訪うて参りしに、盲目のあさましや、御身の屋形(やかた)と知らずして、施行を受けに参りてあれば、女房たちの、お笑いあったを聞きしより、面目と(面目ないと)思い、干死(ひじに)にせんと思えども、死なれぬ命のことなれば、巡り会うたよ恥ずかしや。これよりもお帰りあれ」。