秦嘉「郡に留りて婦に贈る詩(ぐんにとどまりてふにおくるし;留郡贈婦詩)」(抄) (内田泉之助)

人生は朝露に譬ふ、
世に居れば屯蹇多し。
憂艱は常に早く至り、
歡會は常に苦だ晩し。
念ふ當に時役を奉じて、
爾を去ること日に遙遠なるべきを。
車を遣して子を迎へ還らしめんとせしに、
空しく往いて復た空しく返る。
書を省て情悽愴、
食に臨むも飯する能はず。
獨り空房の中に坐し、
誰と與にか相勤勉せん。
長夜眠る能はず、
枕に伏して獨り展轉す。
憂の來るは循環の如し、
席に匪ず卷く可らず。


じんせいはてうろにたとふ、
よにをればちゅんけんおほし。
いうかんはつねにはやくいたり、
くゎんくゎいはつねにはなはだおそし。
おもふまさにじえきをほうじて、
なんぢをさることひにえうゑんなるべきを。
くるまをつかはしてしをむかへかへらしめんとせしに、
むなしくゆいてまたむなしくかへる。
しょをみてじゃうせいさう、
しょくにのぞむもはんするあたはず。
ひとりくうばうのなかにざし、
たれとともにかあひきんべんせん。
ちゃうやねむるあたはず、
まくらにふしてひとりてんてんす。
うれひのきたるはじゅんくゎんのごとし、
むしろにあらずまくべからず。


人生譬朝露
居世多屯蹇
憂艱常早至
歡會常苦晩
念當奉時役
去爾日遙遠
遣車迎子還
空往復空返
省書情悽愴
臨食不能
獨坐空房中
誰與相勤勉
長夜不能
伏枕獨展轉
憂來如循環
匪席不可卷


 人生は朝露のようにはかない。この世におると難儀なことが多い。憂いや困難はいつも早くくるが、楽しい会合はひどくおそくなってしまう。わたしはご時世のお役目を命ぜられてそなたと離れて日に日に遠くへ去らねばならぬ。それで車をやってそなたを迎え帰ってもらおうとしたが、車はからのまま往き返りすることとなった。
 そなたからの手紙を見ていたみかなしみ、ご飯も食べられず、ひとりがらんとした室に坐ったまま、誰と励ましあうすべもなく、眠ることもできぬ夜長を枕にうつ伏してひとり寝返りをくり返している。憂いは次から次とわいて環(たまき)のめぐるようにはてしがない。席(むしろ)なら巻いて片づけもできようが、席ならぬ心はそんなわけにはいかぬ。