白樂天「酒を勸む(さけをすすむ;勸酒)」(全) (田中克己)

君に一盃を勸む君辭するなかれ
君に兩盃を勸む君疑ふなかれ。
君に三盃を勸む君はじめて知らん
面上 今日は昨日よりも老い
心中 醉時は醒時に勝ることを。
天地 迢迢として自ら長久
白兎 赤烏 あひ趁ひて走る。
身後 金を堆くして北斗を挂ふるも
しかず生前の一樽の酒。
君見ずや春明門外 天明けんとし
喧喧たる歌哭 死生 半するを。
遊人 馬を駐めて出づるを得ず
白輿 素車 路を爭うて行く。
歸去來
頭すでに白し。
典錢し將り用ひて酒を買ひて喫せん。


きみにいっぱいをすすむきみじするなかれ
きみにりゃうはいをすすむきみうたがふなかれ。
きみにさんばいをすすむきみはじめてしらん
めんじゃう こんにちはさくじつよりもおい
しんちゅう すゐじはせいじにまさることを。
てんち てうてうとしておのづからちゃうきう
はくと せきう あひおひてはしる。
しんご こがねをうづたかくしてほくとをささふるも
しかずせいぜんのいっそんのさけ。
きみみずやしゅんめいもんぐゎい てんあけんとし
けんけんたるかこく しせい なかばするを。
いうじん うまをとどめていづるをえず
はくよ そしゃ みちをあらそうてゆく。
かへりなんいざ
かうべすでにしろし。
てんせんしとりもちひてさけをかひてきっせん。


勸君一盃君莫辭
勸君兩盃君莫疑
勸君三盃君始知
面上今日老昨日
心中醉時勝醒時
天地迢迢自長久
白兎赤烏相趁走
身後堆金挂北斗
不如生前一樽酒
君不見春明門外天欲明
喧喧歌哭半死生
遊人駐馬出不得
白輿素車爭路行
歸去來
頭已白
典錢將用買酒喫


君に一杯の酒をすすめるから辞退しないでくれ。
君に二杯の酒をすすめるから疑わないでくれ。
君に三杯の酒をすすめるがそれでわが気持ちがわかるだろう。
人の顔は一日一日と老いてゆくもので
その心中の愁いを払うためには酔っているほうが醒めているよりよいのだ。
天地は悠久なものであるが
日月はつねにすばやくすぎてゆく。
死んだあとで北斗七星にとどくほど黄金を積んでも
生きているうちの一樽の酒のほうがまさっている。
君は見ないか、宮城の春明門(しゅんめいもん)外の夜明けのころ
あるいは歌いあるいは哭(こく)して、死ぬと生まれると半々のさわぎを。
ここを通るひま人は馬をとめねばならないほど
白木(しらき)の葬儀車が競争して出てゆくのだ。
さあ故郷へ隠退しよう。
頭がもう白くなったから。
質をおいて金をつくってそれで酒を買って飲もう。