陶潛「酒を飮む(さけをのむ;飮酒)」(抄) (星川清孝)

余間居して歡寡く、兼ねて此夜已に長し。偶〃名酒有り、夕として飮まざる無し。影を顧みて獨り盡し、忽焉として復酔ふ。既に酔ふの後には、輒ち數句を題して自ら娯しむ。紙墨遂に多く、辭に詮次無し。聊か故人に命じてこれを書せしめて、以て笑を爲すのみ。


われかんきょしてよろこびすくなく、かねてこのごろよるすでにながし。たまたまめいしゅあり、ゆふべとしてのまざるなし。かげをかへりみてひとりつくし、こつえんとしてまたゑふ。すでにゑふののちには、すなはちすうくをだいしてみづからたのしむ。しぼくつひにおほく、じにせんじなし。いささかこじんにめいじてこれをしょせしめて、もってわらひをなすのみ。


余間居寡歡、兼此夜已長。偶有名酒、無夕不飮。顧影獨盡、忽焉復酔。既酔之後、輒題數句自娯。紙墨遂多、辭無詮次。聊命故人書之、以爲笑爾。


私は俗世間を離れて静かに暮らしているので楽しみも少ないし、それに加えてこの頃は夜もすでに長くなっている。たまたま名のあるよい酒があって、飲まないゆうべはない。自分の影をふりかえり見ながら孤独に盃をつくして、たちまちまた酔ってしまう。すでに酔った後は、そのつど数句の詩を書きつけてひとりで楽しむのである。その紙や墨はとうとう多くなって、ことばも明らかな順序がない。とりあえず親しい人に命じてこれを書かせて、お笑いぐさにするだけである。