2013-12-23から1日間の記事一覧

イジドル・デュカス『ポエジーII』

人間はまことに偉大であり、その偉大さはじつに、彼が自分の悲惨さをみずから知ろうとはしない、という点に見てとることができるほどである。木は自分の偉大さを知らない。偉大であるとは、自分を知っているということである。偉大であるとは、自分の悲惨さ…

井上ひさし『おれたちと大砲』

茶屋で喰った八十五文の、芋と鯨の煮付けでふくれた腹をこなすには手頃な高さの山である。その、羊腸の如くくねった山路(やまみち)を登りながら、おれはこう考えた。 薩長の反逆を思えば腹が立つ。君家の窮状を思えば涙が流れる。腹立ちと涙を押えて暮すのは…

小林信彦『唐獅子株式会社』

がちょうのおばはん 歩いてみとうなって 空をとびよってん 粋(すい)なおっさんの背中にのって だれが駒鳥いてもうた? わいや、と雀が吐きよった 私家(うっとこ)にある弓と矢で わいがいてもた、あの駒鳥(がき)を だれが死体(ほとけ)を見つけたン? わいや、…

堀田善衛『広場の孤独』

雨ニモ負ケテ 風ニモ負ケテ アチラニ気兼ネシ コチラニ気兼ネシ ペロペロベンガコウ云エバハイト云イ ベロベロベンガアア云エバハイト云イ アッチヘウロウロ コッチヘウロウロ ソノウチ進退谷(キワ)マッテ 窮ソ猫ヲハム勢イデトビダシテユキ オヒゲニサワッ…

筒井康隆『脱走と追跡のサンバ』

実はわたくしは今、常になくとり乱しております。恐れおののいております。早くいえば、こわいのであります。つまり精神的安定をやや欠いた状態の下にこれを書いております。したがいまして前回の如き理路整然とした文章を、期待なさらないでいただきたいの…

井上ひさし『幻術師の妻』

そのころの私は北岡と一緒になってようやく一年そこそこ、だから北岡組の勢いの盛んだったときのことは知りません。でも北岡のはなしでは「先代(おやじ)の時代は飛ぶ鳥どころか、飛ぶ飛行機まで落しかねない羽振りのよさでよ、昭和二十二、三年頃は若者頭が…

筒井康隆『脱走と追跡のサンバ』

「あなたはいつもわたしの言うことを、柳の耳に念仏馬に風と聞き流しているだけだ」第一助手はおかまいなしにわめき続けた。「今度言うことを聞いてくれなければ、わたしはここをやめる」

上田秋成『癇癖談(くせものがたり)』

むかし、色ごのみなるをとこ、老いてかたりけるは、遊女ほど世にをかしきものはあらじかし、おのれときめきて、ひく手あまたなるにはよるべのすゑのことなど、露ばかりもおもひしらず。逢ふごとの男に、こゝろをおかせ、〔……〕つひに、よき人におもはれて、…