2015-06-01から1ヶ月間の記事一覧

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

「宗教は」とオレステの父が言った、「教会へ行くことだけではない。宗教はむずかしいものです。子供を育てることも、家庭を維持することも、みなといっしょに生活してゆくことも……宗教のうちです」 するとジュスティーナがピエレットに「じゃあ、あなたの意…

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

人は隠れてたくさんのことをする、しかしそれは罪ではない、とピエレットが言った。習慣と節度の問題だ。自分が何をしているかわからないことこそ、罪だ。

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

「ときどきは、ぼくらも外出しなければ」とぼくは言った、「ぼくは月夜の丘が見たい。昨日はもう三日月が出ていた」 「ぼくたちは月夜の海で泳いだんだ」とオレステが言った、「冷たいミルクを飲むみたいだった」 ぼくにはその話を一度もしなかった。急に、…

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

「しかし」とぼくは言った、「町だって、いつの時代にもあったんだ。汚れていたかもしれない、わら屋根だったかもしれない。三軒の掘立小屋だったり、洞穴だったかもしれない。いずれにせよ、人間とは町だ」

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

レジーナの店には二度と行かなかった、油の話やプールの戯れの黙契が嫌だったからだ。結局、ひとりでいる方がよかった。それに女の子に幻滅をいだいたのも、それが初めてではなかった。もちろんピエレットには、その恋の冒険を自慢するどころか、朝の水と太…

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

ひとの一生は、畢竟、太陽の下のひとつの戯れにすぎないのではないか、とあのころの朝ごとにぼくは思った。

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

「しかしその無垢を、それを、ぼくは捜しているんだ」頑なに口ごもりながらポーリが言った、「それを知れば知るほど、自分が矮小であると気づく、人間であることを思い知らされる。いったい、きみは人間という存在が弱者であると認めるのか、それとも認めな…

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

「決心すればするほど、落ちこんで、しまいに底に着くんだ。一切を失ったとき、ぼくら自身が見出される」 ピエレットは笑った。「酔いどれは酔いどれさ」と、彼は言った。「麻薬か、酒かは、もはや選ぶところではない。昔、何千年も昔に、最初の杯をあげたと…

諸葛亮「出師表」

先帝臣(せんていしん)が謹愼(きんしん)なるを知る。故に崩(ほう)ずるに臨みて臣(しん)に寄するに大事(だいじ)を以てせり。命を受けて以來、夙夜(しゅくや)憂慮し、付託效(かう)あらず、以て先帝の明を傷(やぶ)らんことを恐る。故に五月濾(ろ)を渡り、深く不…

『大和物語』(第一五五段)

昔、大納言の娘いとうつくしうてもち給うたりけるを、帝に奉らむとてかしづき給ひけるを、殿に近う仕うまつりける内舎人(うどねり)にてありける人、いかでか見けむ、この娘を見てけり。顔かたちのいとうつくしげなるを見て、よろづの事おぼえず、心にかかり…

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

「愚かな女さ」ぼくは言った。 「いつも愚かだよ、恋をしている女は」と、ピエレットが言った。 男女の影を操る歌の言葉に、ぼくは耳を傾けた。《生きて生きて――取るのよ取るのよ――心すなおに》とそれは言っていた。たとえ不満で、煩わしくても、その歌の調…

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

「ぼくは自分を子供と思いこんでいる老人だった。いまではわかっている。ぼくはひとりの男、悪癖にまみれた男だ。弱い男、それでもひとりの男だ。あの叫び声がぼくの正体をあばいた。ぼくは自分に幻影を許せない」

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

「ひとはみな、自分で唱わなければならない」と、ピエレットが言った。「自分で、自分だけでしなければ、どうにもならないことがあるんだ」 するとポーリは笑いながら言った、「踊っている人間はそれで手がいっぱいだから、大目に見てやらなければ」 「踊っ…

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

しかしポーリは落着いていた。「ぼくはコントラストが、つまり対照が、好きです。ぼくたちが、肉体よりも強くかつ高い存在であると自分を感じるのは、対照のなかでだけです。対照がなければ、人生は陳腐なものになってしまう。ぼくは自分に幻想を求めている…

パヴェーゼ『美しい夏』(河島英昭 訳)

暗闇のなかでふたりは服を着た。そしてその暗闇のなかで、不意に、あのモデルは誰なのか、とジーニアはたずねた。 「ぼくが帰ってきたことを聞きつけて、やってきた、かわいそうな女だよ」 「きれいなひとなの?」とジーニアが言った。 「見なかったのかい?…

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

「ちょっとひと眠りしたほうがいいか? よくわかるよ!…… 手始めにひと眠り!…… それこそ賢明ってもんだ!…… おれが一人でべらべらしゃべってるな…… おまえに必要なのは、十時間ぐっすり寝ることだ…… よしよし!……親愛な甥君よ!…… こんなおしゃべりは、もう…

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

「馬鹿なことをするのに席が満員になるってことはない!…… おまえは今、動転している…… まあ、そいつもわからなくはないが…… おまえはものすごく泣いた…… ずいぶん喉がかわいてるはずだ!…… ちがうか?……」

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

「おまえは《歩兵》に行きたいんじゃないか?…… 《戦闘の女王》連隊に?…… ちがうか?…… おれにははっきりわかる!……おまえはなんにも担ぎたくないんだ!…… 三十二キロ?…… 担ぎたいか、坊主! おまえは自分が人に担いでもらいたいんだろ! 隠れちゃえよ、こ…

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

わたしには、なんだっておんなじだった…… 「知らないよ、叔父さん!……」 「おまえはなんにも知らないんだ!…… 永久になんにも知らないんだ!……」 「ぼくは叔父さんが大好きだよ、わかってるね!…… でも、ぼくはもうここにいられないんだ!…… いられないんだ…

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

彼はおおいに不満だった…… わたしは彼に全部告白しようと思った!…… そうやって一気に…… なんでもかまわず!…… どんなふうにだっていいから! 「ぼくはなにもできないんだよ、叔父さん…… ぼくはまじめないい子じゃないんだ…… 分別がないんだ……」 「いや、お…

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

「そいつは一時の気まぐれだ、坊や…… 小便がしたくなったようなもんだ!…… それとおんなじで、すぐ過ぎてっちまう!……」

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

「おまえはいいセールスマンにはなれないよ…… ああ、とてもだめだ! え? うまくその! うまくその言えないけれど!…… おまえは職探しに行くのが好きじゃないんだろ?…… そうだ! そいつがこわいんだろ?…… よろしい!」

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

「ああ! そうだとも! おまえは職探しをするのを苦にしているんだ…… 両親のところでずっと見てきた…… おまえはなかなかやりにくい、そいつに向いてないんだ…… もう、おまえは強制されることはないから…… だって、おまえがこわがってるのはそれなんだから!……

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

「だが、あの男が断崖の淵を歩いたのはこれが最初じゃない!…… ああ! あいつは危険が大好きな男だった!…… いつも破局と隣合わせだった!…… 第一、競馬をやる人間はそうじゃないか? ちがうか?…… 連中は自分で顔をぶち割りたいんだ!…… 自分でも変れない!…

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

「ああ! 坊や! おれが言うのは、なにもおまえに急がせるためじゃないぞ!…… いや! とんでもない!…… 奔走をはじめるため、ゆっくり時間をかけろ! まず最初に自分の置かれている位置を知ることだ!…… なんでもかまわず飛びつくんじゃないぞ!…… そしたら…

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

「第一、そう、これは本当のことだ…… 金がたっぷりあればあるほど、欲しくなるんだ…… 飽くことを知らないってわけだ! これで充分なんてことはけっしてない!…… 裕福であればあるほど汚い!…… 会社ってのは恐ろしいもんだ!…… おれは自分でも小さな商売をや…

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

「一度だってあるものを見たら…… 永久にそいつを覚えてなくちゃいけないんだ!…… 無理に知性を働かせるんじゃない! 理性がわれわれのあらゆる口を塞いでしまうんだ…… まず、第一に、本能に頼りたまえ…… 本能がよく見るときには、きみの勝ちだ!…… 本能は絶…

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

婆さんがあんまり彼らを質問ぜめにするもんだから、とうとう全員が拍子をとって、合唱しはじめた、 「こいつは罪じゃない!…… ない! ない! ない!」 「こいつは罪じゃない!…… ない! ない! ない!」

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

畜生! 畜生! わたしにはわかっていた…… 年齢ってのは、なんて嫌なもんだ…… 子供たちってのも歳月とおんなじで、二度と会えやしない。

セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦 訳)

もうみんなおしまい、い、い、だ!……