2015-06-01から1ヶ月間の記事一覧

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』(米川和夫 訳)

それに、まだまだ、とりあげだせば切りもない。地主と地主夫人の判断、女学生の判断、小官吏の視野のせまい判断、高級官吏の官僚的な判断、いなか弁護士の判断、中学生の誇大な判断、老人のふんぞりかえった傲岸な判断、待った、社会評論家の判断、社会活動…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

わたしは、すべては同じだ、いつも変らぬくり返しだ、と思った

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

ヌートは麦打ち場のあたりに立ちどまったまま、顔をゆがめて顳顬(こめかみ)に拳(こぶし)を当てた。「この匂い、この匂い」と、彼はつぶやいた。

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

「ほら見たまえ」と、彼は言った。「子供のころに聞いたただの一言、それもぼくの父のような年寄りで平凡な貧乏人から聞かされた言葉でも、それだけで人の目をあけることだってあるのさ……」

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

「きみの店でお父さんとぼくらのした話を憶えているかい? もうそのころから、お父さんは言っていたよ、無智な連中はいつまでたっても無智のままだろうって。なぜなら、力をもっているのは、人々が何もわからないでいることに利益を感じているやつら、政府、…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

こうしたモーラのいっさいのこと、あのわたしたちの生活――そのうちの何が今も残っているのだろう? あの長い年月のあいだ、わたしには夕暮れの菩提樹の梢を渡る風だけでじゅうぶんだった。それだけでわたしは自分が別な人間になったように感じ、ほんとうのわ…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

「だれもそんな人いないわ、ほんとうのことを言う人なんて。ほんとうのことを考えだしたら、気違いになってしまうわ。そんなことを彼に話したりしたら、損をするのは自分よ……」

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

わたしはよく、このわたしたち二人のあいだからどんな子供が生まれるのだろうか、と考えた――彼女のあの艶(つやや)かで硬い腰、牛乳とオレンジ・ジュースをたっぷり吸いこんだあのブロンドの下腹と、このわたし、濃いわたしの血とのあいだから。二人とも、ど…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

あのころのすばらしい点は、いっさいが季節によって行われ、その季節の一つ一つに、仕事や収穫の種類に応じた、あるいは雨か天気にしたがった習慣や遊びがあることだった。冬には、泥がついて重くなった木沓をはき、手をかじかませ、鋤を押して痛む背をのば…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

「なんだと思ってるんだい? お月さまはみなのためにあるんだし、雨だってそうだし、病気だってそうさ。穴倉に住んでいようと、宮殿に住んでいようと、血はどこに行っても赤いのさ」

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

「何をこわがっているんだい?」と、彼はわたしに言うのだった。「ものごとは、それをやりながらおぼえるものだよ。その気を起しさえすりゃいいんだ……。もしぼくが間違ってるなら、言ってくれよ」

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

「そうとも、そうとも、若い衆、そうとも、そうとも、娘さんたち……大人になることを考えなさい……わしらの祖父(じい)さんたちはこう言ってたよ……あんたがたの番になったら、わかることだろうて」そのころには、大人になるとはどういうことか想像もできなかっ…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

しかし夢想家ではないわたしは、結局、季節がものを言うことを知っていた。季節とはきみの血となり肉となっているもの、子供のころに食べてしまったものなのだ。

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

わたしにとって、過ぎ去って行ったのは季節であって、歳月ではなかった。

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

「あなたは」と、わたしにむかって言った。「この村で土地を全然もたない生活がどんなものだか、おわかりにならないでしょう。あなたのご家族の亡骸はどちらですか?」 わたしにはそれがわからないのだ、とわたしは答えた。一瞬、彼は黙り、考えこみ、あきれ…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

彼は世界じゅうを歩きまわったわけでなく、運をつかんで来たわけではなかった。この谷のだれもがたどる生涯を彼も同じように迎えることだってありえたのだ――木がのびるように大きくなり、女や山羊が年老いて行くように、ボルミダ川からむこうではどんな暮し…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

子供のころには、こんなふうになろうとは思ってもいなかった。だれにしても故郷を遠く離れてやむをえず働き、望もうともしないで運をつかむのだ――運をつかむということが、すでに、遠くへ行って、こういうふうに金持ちになりりっぱな大人になり、自由になっ…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

「もしぼくがきみみたいに音楽ができたら、アメリカには行かなかったよ」と、わたしは言った。「あの年ごろのことだもの。女の子に見とれ、だれかと喧嘩し、明けがた近くに家に帰って来る――それだけでいいのさ。ただ、何かをしようと思い、何ものかになりた…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

ある日、わたしの姿が見えなくなる――それでいいのだ。だが、どこへ行こうというのか? わたしは世界のはて、最後の岸に来ていたのだ。そしてわたしはもううんざりしていた。

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

今になって、わたしにもわかるのだった――なぜ道ばたの自動車のなか、あるいは部屋のなかで、またあるいは裏路地で、ときどき若い女がしめ殺されているのか? 彼らも――その男たちも、草の上に身を投げ出したい、蛙たちと心を通わせたい、女一人の身の丈ほどの…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

今も昔と変らないおなじ物音、おなじ酒、おなじ顔つき。群衆の股のあいだをくぐって走りまわる子供たちも、昔とおなじあの悪童どもだった。そしてベルボ川のほとりには、恋の歓び、悲劇、約束がひそかに交わされていた。今またくり返されている――その昔、初…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

故里はなくてはならないのだ、たとえそれが遠くへ出て行く歓びのためであっても。故郷とは一人っきりでないということを、そこに住む人のなか、そこに生えている草や木のなか、その土地のなかに何かしら自分と同じものがあって、自分がいなくとも、いつもそ…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

こうしてわたしはこの村を、自分の生まれた郷里(くに)でもないのに、ながいあいだ世界そのもののように思っていた。世界というものをほんとうにこの目で見て、世界は無数の小さな村が集まってできているのだと知った今でも、子供だったそのころのこんな印象…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

そのとき、わたしは身にしみて感じた――生まれ故郷がないということ、自分の血のなかに故里をもっていないということ、つまり、植えてあるものが変ったなどということが問題にもならないくらいに父祖の地に深く埋もれた生活ができないでいるということを。事…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

しかし周囲の木立ちや土地の様子は変っていた。榛(はしばみ)の林は跡かたもなく消え失せて、収穫のすんだもろこし畠になっていた。家畜小屋からは牛の鳴き声が聞えていたし、夕暮れの冷たい空気に混って堆肥(つみごえ)の匂いが漂っていた。この小屋に住んで…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

いったい、だれがわたしの出生を明かしてくれることができるだろう。わたしはいくらか世間を見て歩いて来たから、どんな生まれの人間もその性は善良で、優劣を問いにくいことを知っている。しかしまたそのために人間は疲れて、根をおろし、大地と村に還ろう…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

なぜ、この村にわたしは帰って来たのか、ここであって、カネッリとかバルバレスコとか、あるいはアルバのような町ではなかったのか? それには理由(わけ)がある。わたしはここで生まれたのではない――それはほとんど確かなことだ。自分がどこで生まれたのかも…

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

卑劣さはすでに習慣になっていた。

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

「感覚だけの生き方には、罪には、ひとつの価値がある。自分の感性の限界を……それが海であると知る者は、少ない。勇気がいるんだ、そして底に触れたときに辛うじて自由になれる……」 「しかし底はない」 「何かが死の向う側まで続いている」

パヴェーゼ『丘の上の悪魔』(河島英昭 訳)

「まじめに話そうぜ。八月の田舎は淫らだ。あんなにたくさん種がつくられるじゃないか? 性行と死の臭いがたちこめている。花だって、さかりのついた獣だって、落ちてくる木の実だって、何もかもそうじゃないか?」