2015-11-01から1ヶ月間の記事一覧

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

エストラゴン すばらしい晩だ。 ヴラジーミル 忘れがたいね。 エストラゴン しかもまだ終わったわけじゃない。 ヴラジーミル どうやら、そうらしい。 エストラゴン 始まったばかりだ。 ヴラジーミル 全くたまらない。 エストラゴン まるで芝居だ。

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

ポッツォ ほれ、もう泣きやんだ。(エストラゴンに)いわばあんたが身代わりになったわけだな。(夢みるように)世界の涙の総量は不変だ。誰か一人が泣きだすたびに、どこかで、誰かが泣きやんでいる。笑いについても同様だ。(笑う)だから、今どきの世の中…

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

ヴラジーミル おれたちの役割は、泣きつくことさ。 エストラゴン そこまで落ちぶれたのかい?

太宰治「火の鳥」

「君には、手のつけられない横着なところがある。君は、君自身の苦悩に少し自惚れ持ち過ぎていやしないか? どうも、僕は、君を買いかぶりすぎていたようだ。君の苦しみなんざ、掌(てのひら)に針たてたくらいのもので、苦しいには、ちがいない、飛びあがるほ…

太宰治「火の鳥」

「いいかい。憐憫と愛情とは、ちがうものだ。理解と愛情とは、ちがうものだ。」

太宰治「愛と美について」

「けれども幸福は、それをほのかに期待できるだけでも、それは幸福なのでございます。いまのこの世の中では、そう思わなければ、なりませぬ。」

太宰治「新樹の言葉」

「けれども、君、軽蔑しちゃいかんよ。世の中には、私たちみたいな種類の人間も、たしかに、必要なんだ。なくては、かなわぬ、重要な歯車の、一つだ。私は、それを信じている。だから、苦しくても、こうして頑張って生きている。死ぬもんか。自愛。人間これ…

太宰治「秋風記」

「らっきょうの皮を、むいてむいて、しんまでむいて、何もない。きっとある、何かある、それを信じて、また、べつの、らっきょうの皮を、むいて、むいて、何もない、この猿のかなしみ、わかる? ゆきあたりばったりの万人を、ことごとく愛しているということ…

太宰治「風の便り」

君はいったい、いまさら自分が誠実な人間になれると思っているのですか。誠実な人間とは、どんな人間だか知っていますか。おのれを愛するが如く他の者を愛する事の出来る人だけが誠実なのです。君には、それが出来ますか。いい加減の事は言わないでもらいた…

太宰治「風の便り」

小説に於いては、決して芸術的雰囲気をねらっては、いけません。あれは、お手本のあねさまの絵の上に、薄い紙を載せ、震えながら鉛筆で透き写しをしているような、全く滑稽な幼い遊戯であります。一つとして見るべきものがありません。雰囲気の醸成を企図す…

太宰治「風の便り」

はっきり言うと、君は未だに誰かの調子を真似しています。そこに目標を置いているようです。「芸術的」という、あやふやな装飾の観念を捨てたらよい。生きる事は、芸術ではありません。自然も、芸術ではありません。さらに極言すれば、小説も芸術でありませ…

太宰治「佐渡」

佐渡には何も無い。あるべき筈はないという事は、なんぼ愚かな私にでも、わかっていた。けれども、来て見ないうちは、気がかりなのだ。見物の心理とは、そんなものではなかろうか。大袈裟に飛躍すれば、この人生でさえも、そんなものだと言えるかも知れない…

太宰治「善蔵を思う」

「なんだ、苦しくもないのに大袈裟に呻いて、根性が浅間しいぞ! もっと走れ!」私は悪魔の本性を暴露していた。 私は、その夜、やっとわかった。私は、出世する型では無いのである。諦めなければならぬ。衣錦還郷のあこがれを、此の際はっきり思い切らなけ…

太宰治「鷗」

「悔恨の無い文学は、屁のかっぱです。悔恨、告白、反省、そんなものから、近代文学が、いや、近代精神が生れた筈なんですね。だから、――」また、どもってしまった。

太宰治『新ハムレット』

ハム。「こんど君が、お母さんに逢ったら、こう言ってやってくれ。言葉の無い愛情なんて、昔から一つも実例が無かった。本当に愛しているのだから黙っているというのは、たいへんな頑固なひとりよがりだ。好きと口に出して言う事は、恥ずかしい。それは誰だ…

太宰治『新ハムレット』

王妃。「いいえ、女だけでなく、私にはこのごろ、人間というものが、ひどく頼りなくなって来ました。よっぽど立派そうに見える男のかたでも、なに、本心は一様にびくびくもので、他人の思惑ばかりを気にして生きているものだという事が、やっとこのごろ、わ…

太宰治『新ハムレット』

ポロ。「いいか、まず第一に、学校の成績を気にかけるな。学友が五十人あったら、その中で四十番くらいの成績が最もよろしい。間違っても、一番になろうなどと思うな。ポローニヤスの子供なら、そんなに頭のいい筈がない。自分の力の限度を知り、あきらめて…

太宰治『新ハムレット』

王。「若いころの驕慢の翼は、ただ意味も無くはばたいてみたいものです。やたらに、もがきたいのです。わしはそれを動物的な本能だと思っています。その動物的な本能に、さまざま理想や正義の理窟を結びつけて、呻いているのです。わしは断言できる。」

太宰治『新ハムレット』

王。「わかい頃は誰しもそうなんだが、君は、自分ではずいぶん手ひどい事を他人に言っていながら、自分が何か一言でも他人から言われると飛び上って騒ぎたてる。君が他人から言われて手痛いように、他人だって君にずけずけ言われて、どんなに手痛いか、君は…

太宰治「乞食学生」

「君はそれを怠惰のいい口実にして、学校をよしちゃったんだな。事大主義というんだよ。大地震でも起って、世界がひっくりかえったら、なんて事ばかり夢想している奴なんだね、君は。」私は、多少いい気持でお説教をはじめた。「たった一日だけの不安を、生…

太宰治「女の決闘」

人は、念々と動く心の像すべてを真実と見做してはいけません。自分のものでも無い或る卑しい想念を、自分の生れつきの本性の如く誤って思い込み、悶々している気弱い人が、ずいぶん多い様子であります。卑しい願望が、ちらと胸に浮ぶことは、誰にだってあり…

太宰治「女の決闘」

私は、世の学問というものを軽蔑して居ります。たいてい、たかが知れている。ことに可笑しいのは、全く無学文盲の徒に限って、この世の学問にあこがれ、「あの、鷗外先生のおっしゃいますることには、」などと、おちょぼ口して、いつ鷗外から弟子のゆるしを…

太宰治「古典風」

なぜ生きていなければいけないのか、その問に思い悩んで居るうちは、私たち、朝の光を見ることが、出来ませぬ。そうして、私たちを苦しめて居るのは、ただ、この問ひとつに尽きているようでございます。ああ、溜息ごとに人は百歩ずつ後退する、とか。

太宰治『パンドラの匣』

献身とは、ただ、やたらに絶望的な感傷でわが身を殺す事では決してない。大違いである。献身とは、わが身を、最も華やかに永遠に生かす事である。人間は、この純粋の献身に依ってのみ不滅である。しかし献身には、何の身支度も要らない。今日ただいま、この…

太宰治『パンドラの匣』

「自由思想の内容は、その時、その時で全く違うものだと言っていいだろう。真理を追及して闘った天才たちは、ことごとく自由思想家だと言える。わしなんかは、自由思想の本家本元は、キリストだとさえ考えている。思い煩うな、空飛ぶ鳥を見よ、播かず、刈ら…

太宰治『惜別』

「難破して、自分の身が怒濤に巻き込まれ、海岸にたたきつけられ、必死にしがみついた所は、燈台の窓縁。やれ、嬉しや、と助けを求めて叫ぼうとして、窓の内を見ると、今しも燈台守の夫婦とその幼い女児とが、つつましくも仕合せな夕食の最中だったのですね…

太宰治『惜別』

「文芸はその国の反射鏡のようなものですからね。国が真剣に苦しんで努力している時には、その国から、やはりいい文芸が出ているようです。文芸なんて、柔弱男女のもて遊びもので、国家の存廃には何の関係も無いように見えながら、しかし、これが的確に国の…

太宰治『惜別』

美女がくるりと一廻転すれば鬼女になっているというのは芝居にはよくある事だが、しかし、人間の生活においてそんな鮮明な転換は、あり得ないのではなかろうか。人の心の転機は、ほかの人には勿論わからないし、また、その御本人にも、はっきりわかっていな…

太宰治『惜別』

「真の愛国者は、かえって国の悪口を言うものですからね。」

太宰治『右大臣実朝』

「京都は、いやなところです。みんな見栄坊です。噓つきです。口ばかり達者で、反省力も責任感も持っていません。だから私の住むのに、ちょうどいいところなのです。軽薄な野心家には、都ほど住みよいところはありません。」