2008-01-01から1年間の記事一覧

ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ『アンチ・オイディプス』(市倉宏祐 訳)

こどもの生命をオイディプス・コンプレックスの中に閉じこめ、家庭的諸関係を幼年期における普遍的媒介項とみなすことによって、ひとは、無意識そのものの生産の働きと、じかにこの無意識に働きかける集団のメカニズムとを見失うことを余儀なくされるわけな…

ミシェル・フーコー『言葉と物』(渡辺一民、佐々木明 訳)

かくして分析は、古典主義時代をつうじて、表象の理論と言語(ランガージュ)、自然の秩序、富と価値の理論とのあいだに実在してきた、整合性というものを示すことができた。十九世紀以後完全に変ったのはこの布置である。つまり、可能なあらゆる秩序の一般的…

ミシェル・フーコー『狂気の歴史』(田村俶 訳)

監禁は、十七世紀に固有な制度上の産物である。一挙にそれは、中世に実施しえたような投獄制度といかなる共通の次元をももたぬ広大さを獲得した。それは経済上の措置、社会的な安全策という点で新機軸の価値をもっている。ところが非理性の歴史のなかでは、…

ウォーラーステイン『近代世界システム』(川北稔 訳)

しかし、奴隷制はいかに大規模な経営形態をとったとしても、熟練を要する職種では役に立たない。奴隷というものは、強制されたこと以外には何もするはずがないからである。少しでも熟練が必要な職種では、別の形態の労働管理を考えた方が経済的である。とい…

モーリス・ブランショ『文学空間』(粟津則雄、出口裕弘 訳)

書くとは、終りなきもの、止まざるものだ。作家は、「私は」と言うのを断念する、と言われる。カフカは、自分は「私は」を「彼は」に置きかえ得た時から文学に入ったと、驚きながら、ある恍惚たるよろこびをもって語っている。これは本当だが、この場合の変…

レヴィ=ストロース『野生の思考』(大橋保夫 訳)

寸法についてであるにせよ、属性についてであるにせよ、それでは縮減にどのような効果があるのだろうか? それは認識過程の転倒にあると思われる。現実の物体を全体的に認識するためには、われわれはつねにまず部分から始める傾向がある。対象がわれわれに向…

ウィトゲンシュタイン『哲学探究』(藤本隆志 訳)

わたくしは、これらの覚え書きを、疑いの感情とともに公開する。この作品には、その貧弱さとこの時代の暗鬱さのうちにあって、いくつかの頭脳に光を投げかけることが運命づけられているということ、このことはありえないことではない。しかし、もちろん、あ…

ホルクハイマー、アドルノ『啓蒙の弁証法』(徳永恂 訳)

かつてアニミズムが事物に心を吹き込んだとすれば、今は産業社会が心を事物化する。経済機構は、全体的計画化の成立よりも前に、すでに自動的に、人間の行動を決定する価値を商品に付与する。自由交換の終末とともに、商品がその経済的な諸性質を失って、物…

ハンナ・アーレント『全体主義の起源』(大久保和郎 訳)

権力を持たない、もしくはあきらかにはじめから権力を失いつつある集団への迫害はあまり見ていて楽しいものではあるまいが、しかしまたそれは単に人間の下劣さのしるしではない。人間は真の権力に服従し、あるいはそれに堪えるが、しかし権力なき富を憎む。…

山口昌男『道化の民俗学』

笑い、特に嘲笑が、何故豊饒儀礼と結びつくか。それは、笑いが、「静止」に対する「動く」状態に本質的に結びつくからではないか。笑いにおける動は、そのまま「移行」の観念につながる。儀礼が常に宇宙的な性格を持つこと、そして季節の変り目に集中するこ…

中沢新一『森のバロック』

しかし、ディレッタント民俗学をとおして、都市の住民たちがおこなおうとしていた作業には、別の意義がある。彼らは、田舎のフォークロアに関心をいだくことによって、自分たち市民の住む都市なるものの、隠された始源を探究しようとしていたのである。市民…

松浦寿輝『折口信夫論』

漢字とは、生身の裸体のことなのだ。たとえば、漢詩を読んだり書いたりすることが夏目漱石にもたらした慰藉の意味などを考えてみてもよかろうが、日本語を母国語とする個体にとって、仮名を伴わぬ裸形の漢字には、どこかエロティックなところがある。仮名は…

渡部直己『谷崎潤一郎――擬態の誘惑』

すなわち、上記してきた「擬」と「欺」だけでなく、より広く谷崎的主題として認知されている「戯」や「犠」 (いけにえ) や「跽」 (=「跪」・ひざまずく) までもが、同じ字音を共有しながら、この風土にすでに親しく接しあっていること。とかく人為的な人物…

ガバン・マコーマック『空虚な楽園』(松居弘道・松村博 訳)

さらに考えを進めると、いったいアジアなるものが存在するのかという問題に突き当たる。たしかにアジアという地理上のことばはある。アジアとは、西は黒海にのぞむボスポラス(カラデニス)海峡から東は太平洋のあいだ、そして北はシベリアから南はジャワ島…

村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』

結局、不必要ということなんだ、それにつきるんだ、ハシは酸の臭気に目を赤く腫らして言った。僕は自分が誰からも必要とされていないのを知っている、僕はずっと必要とされなかった、だから、他人を必要としない人間になろうと思ったんだ、でもねニヴァ、僕…

紀野恵

あはれ詩は志(し)ならずまいて死でもなくたださつくりと真昼の柘榴

阿波野青畝

補陀洛は地ひびきすなり土用浪

岸上大作

かがまりてこんろに赤き火をおこす母とふたりの夢つくるため

久保田万太郎

湯豆腐やいのちのはてのうすあかり

石川啄木

教室の窓より遁(に)げて ただ一人 かの城址に寝に行(ゆ)きしかな

高浜虚子

手毬唄かなしきことをうつくしく

平井弘

男の子なるやさしさは紛れなくかしてごらんぼくが殺してあげる

日野草城

春の灯や女は持たぬのどぼとけ

加藤治郎

書きなぐっても書きなぐっても定型詩 ゆうべ銀河に象あゆむゆめ

飯田蛇笏

採る茄子の手籠にきゆァとなきにけり

三ヶ島葭子

今にして人に甘ゆる心あり永久に救はれがたきわれかも

加藤楸邨

死にたしと言ひたりし手が葱刻む

結城哀草果

貧しさはきはまりつひに歳ごろの娘ことごとく売られし村あり

秋元不死男

鳥わたるこきこきこきと罐切れば

北原白秋

君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ