2012-02-01から1ヶ月間の記事一覧

高見順「描写のうしろに寝てゐられない」

描写は、――大きなことを言うようだが、近代の科学文明が文学のなかに齎らした光明である。文学のなかに点された電燈みたいなもので、今更、電燈を否定できないし、ここまできて否定したら、もともこもなくすることになるだろう。私の疑いは、描写の前に約束…

正宗白鳥「トルストイについて」

廿五年前、トルストイが家出して、田舎の停車場で病死した報道が日本に伝った時、人生に対する抽象的な煩悶に堪えず、救済を求めるための旅に上ったという表面的事実を、日本の文壇人はそのままに信じて、甘ったれた感動を起したりしたのだが、実際は妻君を…

横光利一「純粋小説論」

もし文芸復興というべきことがあるものなら、純文学にして通俗小説、このこと以外に、文芸復興は絶対に有り得ない、と今も私は思っている。

宮本顕治「「敗北」の文学」

しかし、芥川氏の場合、我々の受け取るものは、より切迫した陰鬱な空気である。後に於て評論するけれども、そこにあるのは、困憊した神経の触手を通して、次第に意識されて行く「人生に対する敗北」の痛みである。愴然、氏は自分の辿っている路が「敗惨」に…

芥川龍之介「文芸的な、余りに文芸的な」

僕は前にも言ったように「話」のない小説を、――あるいは「話」らしい話のない小説を最上のものとは思っていない。しかしこういう小説も存在し得ると思うのである。 「話」らしい話のない小説は勿論ただ身辺雑事を描いただけの小説ではない。それはあらゆる小…

谷崎潤一郎「饒舌録」

小説の技巧上、噓のことをほんとうらしく書くのには、――あるいはほんとうのことをほんとうらしく書くのにも、――出来るだけ簡浄な、枯淡な筆を用いるに限る。此れはスタンダールから得(う)る痛切な教訓だ。

谷崎潤一郎「饒舌録」

低級な講談の蒸し返しを講談よりもなお下等にして、「大衆文芸」などと看板だけ塗り変えたのは感心出来ないが、真の大衆文芸は結構である。沙翁でもゲーテでもトルストイでも、飛び抜けて偉大なもので大衆文芸ならざるはない。

谷崎潤一郎「饒舌録」

筋の面白さは、いい換えれば物の組み立て方、構造の面白さ、建築的の美しさである。此れに芸術的価値がないとはいえない。(材料と組み立てとはまた自(おのずか)ら別問題だが、)勿論こればかりが唯一の価値ではないけれども、およそ文学に於て構造的美観を最…

久米正雄「「私」小説と「心境」小説」

人の生活というものは、全然、酔生夢死であってすらも、それが如実に表現されれば、価値を生ずる。かつて地上に在ったどの人の存在でも、それが如実に再現してある限り、将来の人類の生活のために、役立たずにはいない。芸術を、消閑娯楽の具とするのみに止…

久米正雄「「私」小説と「心境」小説」

心境小説というのは、実はかくいう私が、仮りに命名したところのもので、その深い趣意に就ては、いずれ章を改めて述べるが、ただここに一言でいえば、作者が対象を描写する際に、その対象を如実に浮ばせるよりも、いや、如実に浮ばせてもいいが、それと共に…

千葉亀雄「新感覚派の誕生」

文壇が動いている。もしくは動いていない。

永井荷風「花火」

新しい形式の祭にはしばしば政治的策略が潜んでいる。

永井荷風「花火」

わたしは壁に張った草稿を読みながら、ふと自分の身の上がいかに世間から掛離れているかを感じた。われながらおかしい。また悲しいような淋しいような気もする。何故というにわたしは鞏固(きょうこ)な意志があって殊更世間から掛離れようと思った訳でもない…

佐藤春夫「創作月旦」

本当にいい作品が一年に二つ三つも文壇にあればいいと思っている私は、「へんな原稿」を見ることが出来た七月をいい月だったと思う。

佐藤春夫「創作月旦」

私は考える、批評というものは作者を批判するものでもなく、読者を誘導するものでもなく、結局批評家彼自身を披瀝するものではなかろうか。

田山花袋「露骨なる描写」

あるいは言うかも知れん、露骨なる描写が何故に技巧と相伴うことが出来ぬと。その意は、露骨なる描写は技巧と相待っていよいよその妙を極めはせぬかというのである。けれど自分は信ずる、露骨なる描写を敢てすれば、敢てするほど、いわゆる文章、いわゆる技…

二葉亭四迷「小説総論」

およそ形(フホーム)あればここに意(アイデア)あり。意は形に依って見(あら)われ、形は意に依って存す。物の生存の上よりいわば、意あっての形、形あっての意なれば、いずれを重とし、いずれを軽ともしがたからん。されどその持前の上よりいわば、意こそ…

坪内逍遥「小説神髄」

小説の主脳は人情なり、世態風俗これに次ぐ。人情とはいかなるものをいうや。曰く、人情とは人間の情慾にて、いわゆる百八煩悩これなり。

ヘミングウェイ「異郷」(高見浩 訳)

「そう、悔恨は有害だ。しかし、そいつは人を殺しはしない。ところが、絶望は瞬時のうちに人を殺すんだ」

ヘミングウェイ「異郷」(高見浩 訳)

「ごめんなさい」女は言った。「イギリス人だったの、その男」 「だった?」 「イギリス人なのよ。でも、〝だった〟と言うほうが好き。それに、あなただって、どんな男だったんだ、って訊いたじゃない」 「〝だった〟というのは、いい言葉だ。〝たぶん〟より…

ヘミングウェイ「何を見ても何かを思いだす」(高見浩 訳)

「わたしの言う課題とは、こういうことだ。二人で一緒に市場にいったり闘鶏を見にいったりするね。そうしたら、その後で二人がめいめい自分の見た事柄について書くのさ。自分の見たものでいつまでも心に残るものは何か。たとえば、闘鶏の最中に、一度審判が…

ヘミングウェイ「何を見ても何かを思いだす」(高見浩 訳)

「大事なのは、自分が知っている事柄について書くことだ」

ヘミングウェイ「十字路の憂鬱」(高見浩 訳)

われわれは憂鬱を公平に分け合っていた。そして二人とも、自分の分け前が気に入らなかった。

ヘミングウェイ「最後の良き故郷」(高見浩 訳)

日は一度に一回しか訪れないことを、彼はすでに悟っていた。大切なのは常に、いま、自分が迎えているその日なのだ。一日が夜に変わり、明日が今日になるまで、肝心なのはあくまでも今日という日なのだ。それこそが、これまでに学んだいちばん肝心なことだっ…

ヘミングウェイ「最後の良き故郷」(高見浩 訳)

「あたしたち、肩の形だって似てるし、足も似てるわよね」

ヘミングウェイ「最後の良き故郷」(高見浩 訳)

「何もかもくそ食らえだが、その髪はとても気に入った」

ヘミングウェイ「最後の良き故郷」(高見浩 訳)

「しかし、生きている以上、きみはいろいろなことをしでかすさ。ただ、嘘をついちゃいけない。それに、物を盗んでもいけない。人はだれでも嘘をついてしまうものだが、この人にだけは絶対に嘘をつかない、という人物を選んでおくことが重要なんだ」

ヘミングウェイ「最後の良き故郷」(高見浩 訳)

「きみはいずれ、いろいろと後悔することをしでかすだろう」と、ミスター・ジョンはニックに言ったことがある。「それは、この世でいちばん素晴らしいことの一つでね。それを後悔すべきかどうかは、自分で決めればいいんだ。肝心なのは、そういう行動を起こ…

ヘミングウェイ「最後の良き故郷」(高見浩 訳)

「彼女の居場所をおまえに教わったから、彼女のことを考えちゃうのさ。彼女の居場所がわかると、今頃どうしているだろう、と考える。それだけのことだよ」

ヘミングウェイ「だれも死にはしない」(高見浩 訳)

「みんな、助けてくれるわ。助けてくれるのは、死んだ人たちだもの。ええ、そうよ、そうだわ、そうだわ! 死んだ人たちが助けてくれるのよ!」